lunes, 22 de agosto de 2011

豚のサイクル、話のサイクル

全部で6匹の豚を養うのはとても難しく、子豚の餌代を捻出するために、昨日お父さんは解体されて肉が売られ、今日はその余った肉でフリカセ(fricasé)と呼ばれるトウガラシ煮込みスープを作って、みんなで食べました。ああいつもつながれていた所に豚がいないと思いながらも、僕はこの料理が大好物で、ごめんね~と心の中で思いながらも、朝から煮込まれていたスープはとても美味しくて、結局ガツガツと食べてしまいました。満足。

子豚はゆくゆくは4匹のうち2匹を売って、残り2匹を育てようというのが、おばあちゃんの計画。お母さんは年末くらいに売られるはずなので(年末年始は豚の煮込みの季節)、その次の来年のサイクルに向けて育ててゆくのだな。

しばらくやっているとぎこちなかったものが少しずつ慣れていくというのはあるもので、インタビューするときは前の週に話して頼んでおくというのが、私もできるようになってきた。これは私の先生に前から言われていたことで、人はもちろん即興でしゃべってくれるのではなくて、しばらく頭の中で反芻してからしゃべりたい、そのための時間をとっておくことはとても大事なのです。

人の話は不思議で、人の記憶は不思議で、人の人生の来し方はいつも独特のイメージと感触で衝撃を与える。僕は自分の昔のことをそんなにビビッドに覚えて語ったりできない。そしていつも、録音しているのはそのほんの一部分だ。それ以外に一緒に話し合っている時間の方が長いし、何をしゃべるか事前に打ち合わせてから録音していることもあるし、録音していることの全部を私は表に出さない。でも、あらたまって尋ねて話してもらうことで、普段だったら話さないことにお互いが入っていけたり、光があたったりする。悲しみの大きさとか、生きてきた人生の感触に、しばらく酔ったように振り回される。

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