viernes, 27 de agosto de 2010

師匠

 Silvia Rivera Cusicanquiという人がいる(8月12日のエントリーに一度登場しています。)。携帯がどうも通じないと思ったら、自分たちの集団の雑誌の最新号を出すために、半狂乱のように仕事をしていると周りの人が教えてくれた。
 今日夕方に民族学の年次総会に行ってみたら、そのグループのブースが出て、先生があぐらをかいて座っている。雑誌の入校が一段落したのだな。段になっているところに横に座らせてもらうと、弾丸のようにしゃべり始めた。常に問題意識が鋭くて、それが現実からずれない、現実に切り込もうとすることからぶれない。アカデミックなことに関心があるというよりは、現実にどう役立つ考え方をするかに関心があるんだと常々話している通りだ。この人にとって、考えるということはその人の生き方そのものなのだと思う。性格のとても烈しい人。
 アンデスでキリストと悪魔が重ね合わせて捉えられること、イメージを通じて18世紀の先住民の大反乱と2003年の社会反乱とをどう対話させるか、二人の筆者のテクストが併存し相互に絡み合うように編集上のレイアウトをどう工夫するか、自分が街中でしゃべってきた(庶民の)スペイン語がアイマラ語世界とそれを知らない若者たちの世界をつなぐ蝶番の役割を果たす可能性。
 この人に対しても僕は返せないほどの学恩がある。いや、多分この「恩」は「学」だけではない。何年も何年も、体が感覚で何度も覚えようとしてきた生きて考えるこの人の感覚を、果たして僕は何か形にして外にもう一回出せるのだろうか。
 Silviaはここ何年もsociología de la imágenと呼ぶものに取り組んできたのだが、植民地時代の宗教画を中心としてこれを実践したPrincipio Potosí Reversoという写真と映像満載の本がスペインで出版された。そして「混血」を均質化を求める動きとしてではなく、対立と補完する複数の要素の斑模様として捉え直す試みを続けてきていて、アルゼンチンでCh'ixinakax utxiwaという文庫サイズの本が出版された。両方とも僕がボリビアにいなかったここ四ヶ月の話だから、すごいバイタリティーだ。

No hay comentarios.:

Publicar un comentario