jueves, 23 de septiembre de 2021

アイヌ語の口承物語研究を進める際の「文献学的課題」(その2)NHKの録音資料

 アイヌ語は北海道の南側の地域の言葉が、そのアクセスのしやすさもあって、昔からよく知られてきた。私もその例に漏れず、千歳や沙流のアイヌ語を学びながら、幌別の知里幸恵や金成マツのアイヌ語に少しずつ親しんでいった。でも、本当はアイヌ語はずっと多様で、特に北海道東部のアイヌ語は、言葉や口承文学の歴史を知ろうと思ったときにもとても重要なのだが、一つの地域に実質的に一人の話し手しか知られていないような状況が、ずっと続いてきた。

 でも本当は、もっといろいろとあるはずなのだ。例えば私は最近は帯広の(十勝地方の)アイヌ語で、家族のなかで大事に残されてきたような筆録資料や、ふとしたきっかけで語り残された録音と関わることが続いている。我々研究者がその翻刻や聞き起こしに関わることが、それらのノートや録音が伝承される過程へと取り戻される手助けをしていることになるとしたら、それは意義の大きい関わり方だなと思う。

 我々のそのような一つ一つの仕事は、しかし、より大きなその地域のアイヌ語の言葉の使われ方の記録があって、かつそれが参照できるようになっていて、はじめてその精度を高めていくことができる。

 そこで重要になってくるのは、公共放送媒体がかつて記録した音声の資料だ。特にNHKが第二次世界大戦後のすぐの時期(昭和22年(1947年)と昭和23年(1948年))に録音に取り組んだ『アイヌ歌謡集』第1集および第2集は、他の調査ではカバーされていないほどの地理的な広がりで、様々なジャンルの口承文学を録音・記録していたことが見てとれる。
(注:本当はここから先には樺太のアイヌ語についての記録を視野に収めるべきなのだが、そこまでは私の力が追いつかないので、残念な思いで割愛することにする。)

 この『アイヌ歌謡集』第1集および第2集は、レコード化されたものであり、その目録(地域と演唱者)が公開されている。かつ、国立国会図書館の「歴史的音源」として提携する館で視聴することができる。
これには、北海道博物館の甲地理恵氏による案内が役に立つ――
甲地理恵(2020)「「歴史的音源」で聴けるアイヌの芸能について」歴史的音源ホームページ(URL:https://rekion.dl.ndl.go.jp/ja/ongen_shoukai_16.html)
甲地理恵(2018)「アイヌ音楽の音声資料――公刊されたアナログレコード盤」『北海道博物館アイヌ民族文化研究センター研究紀要』第3号、pp.73-116。
(URL: https://www.hm.pref.hokkaido.lg.jp/wp-content/uploads/2018/04/bulletin_ACRC_vol3_04_p73_116s.pdf)

 さて、これの何が問題であり、課題なのか。

 この「歴史的音源」では、それぞれの物語の音声の冒頭3分余りしか公開されていない。したがって、そこから推察されるに、元のレコードでも冒頭3分余りしか公刊されなかったのであろう。それぞれの物語は到底3分で語りきれるものではなく、私が視聴した際にも、それぞれの録音が中途で唐突に終わってしまうことが確認できている。
ちなみに、このような悪条件下でも、以下の高橋靖以氏の仕事では、その十勝方言の録音の冒頭部分だけを聞き起こしつつ、そこに考察を加えようとしている――
高橋靖以(2016)「十勝地方におけるアイヌ口頭伝承の語り方について――関係性理論の観点から」『北海道民族学』第12号、pp.35-40。
(URL: http://douminzoku.web.fc2.com/kaishi_pdf/12/12-04takahashi.pdf)

 このような公開され方では、到底そこで語られた物語の中身を知ることができない。そして、何が分からないかというと、レコードには3分だけしか収めなかったとしても、元の全体の録音が存在していたはずなのだが、その元の録音が保存されてきたのかどうかということだ。これについて――そして私が確認できる限りで――NHKは特に何も説明をしていないようだ。

 しかしながら、どうも保存されているらしいことが伺える情報もある。アイヌ民族文化財団(当時の名称ではアイヌ文化振興・研究推進機構)は、平成24年度(2012年度)から平成29年度(2017年度)まで、「オルㇱペ スウォㇷ゚(oruspe suwop)」というアイヌ語の口承文学をアニメ化し現代の語り手が演唱するという取り組みを続けてきた。
(URL:https://www.ff-ainu.or.jp/web/learn/language/animation/index.html)
この平成28年度(2016年度)の白老地方の神謡「うさぎがはねた」の解説を読むと、次のような文言に出会う――

 同資料は全国規模の民謡調査の一環としてNHKが1947年9月4日に登別で収録した音声資料である。同じ神謡の一部を編集したものが「アイヌ歌謡集第1集 アイヌ神謡 カムイ・ユカラ』(1947年刊行)に集録されている。
 アニメ化にあたっては、未公刊音源を編集委員によって聞き起こし、テキストを作成した。

(URL:https://www.ff-ainu.or.jp/animation/files/h28_ol5.pdf、pp.5-6)

これはNHKの中に未公刊音源が残っており、アイヌ民族文化財団のプロジェクトに関わっている人々は、その未公刊音源にアクセスできていた、ということを示していそうだ。また、上記の甲地(2018)のp.81にある「通し番号1)3)19)の音源の一部となっている「NHK放送文化財ライブラリー」」という記述も、何かしら元の音源が存在していることを示しているようだ。

 さて、これと関連して、繋がりが分かり難くなっている点がもう一つ存在する。NHKは2016年の年末近い12月17日と12月23日に、ETV特集で「今よみがえるアイヌの言霊〜100枚のレコードに込められた思い〜」という番組を放送している。この番組についての情報は、既にNHKのホームページからは消されてしまっているが、以下のホームページで確認することができる――
https://amass.jp/82171/
https://amass.jp/82391/
そこでは、「NHKが戦後すぐにアイヌの歌や語りを録音した100枚のレコード。最新の復元技術で音がよみがえった」という説明がある。これが放映された当時は、談判(チャランケ)の音声が記録されていて、それを北原次郎太さんや当時の「担い手事業」に参加する若い人たちが練習しているといった場面に関心が向いていたが、これには果たして『アイヌ歌謡集』の元録音が含まれているのだろうか。このETV特集では――私が覚えている限りではあるが――そこの対応関係も特に説明はされていなかった。

 NHKはその後も、1961年から1964年まで「アイヌ伝統音楽収集整備計画」事業を行っており(甲地2018、p.87)、これは以下の書籍とLPレコードで刊行されている――
日本放送協会編(1965)『アイヌ伝統音楽』日本放送出版協会。
さて、この書籍をみると「収集結果は、22市町村、68地区、273名から、1,987曲を収録し、この中からさらに原形として重要な440曲を抽出掲載した」とある(同「はしがきと凡例」を参照)。これも全体像が明らかになってはおらず、元の録音がどのように保存されているのかも分からない。

 本来、このNHKの調査に加わったアイヌの人々は、自分の言葉が後世まで残り、伝えられてほしいと願い、協力をしたのではないかと想像する。だとするならば、NHKはこれらの音源の所在と詳細を明らかにしつつ、どのようにアーカイブ化を進めていくか(あるいは既存のアーカイブ化の取り組みに加わり、協力するか)を定め、公けにするべきではないのだろうか。将来に向けて、アイヌ語がそれぞれの地域で取り戻されることがあるとすれば、そのためにはこれらの音源を使えるような形にしていく、地道な土台の整備がどうしても必要である。

付記――STVとHBCによる音声記録

 公共放送媒体が記録したアイヌ語の音声ということでいえば、札幌テレビ放送(STV)が1970年から1978年に録音した音声記録が、なぜか国立民族学博物館(「みんぱく」の方)に所蔵されていることが知られている。これは、以下の記事で概要が報告されている――
中川裕(2009)「アイヌ語の声のアーカイブへ――共同研究「アイヌ語を中心とする国立民族学博物館所蔵北方諸言語音声資料の分析」」『民博通信』第126号、pp.20-21。
この民博が所蔵するSTVの音声記録についても、この概要調査が行われたまま、それを公開するための取り組みへとつなげられることはなかったようである。唯一の例外は、その中の鍋沢元蔵氏の筆録ノート5冊で、これは遠藤志保氏の尽力により、以下の報告書として公刊されている――
中川裕・遠藤志保編(2016)『国立民族学博物館所蔵鍋沢元蔵ノートの研究』国立民族学博物館調査報告第134号、国立民族学博物館。
また、この音声記録についても、例えば以下の書籍にまとめられているようなSTVの録音事業との関係は明らかでない――
荻中美枝(1978)『サコㇿベの世界』札幌テレビ放送。
この『サコㇿベの世界』に記載されている人名を見る限り、上のみんぱく所蔵の音声資料よりも広い範囲で録音に取り組まれたようで、この記録がSTVには別に存在しているようだ。また、上の中川(2009)には、みんぱくのSTV資料の中に北海道放送(HBC)の録音が、断片的で混乱の大きな形で含まれていることも記されている。このHBCの録音記録がどのようなものであったかは、まったく明らかになっていない。

 NHKを筆頭に、しかしNHKだけではなく複数の放送局が、これらのアイヌ語の記録に無形の文化遺産としての価値を認め、それが幅広い人にとって利用しやすくなるような取り組みを進めることが、望ましいのであろう。そのような取り組みを通じてしか切り開かれることのない、アイヌ語の言葉の未来が存在しているのだと思う。

後日注(2023年8月21日):当時のレコードの録音容量からして、公開されているものが録音されたものの全体であろうという教示を得ました。(ただし同時に、公開されているものにほんの少しだけ録音の先がある場合があるらしいということも知りました。)

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