(研究のためのノートを取っているのですが、せっかくなのでその断片を公開しながらいきます。)
出典:「トミサンペッの女がトゥスをして許婚を蘇生させた話」『冨水慶一採録四宅ヤエの伝承――歌謡・散文編』四宅ヤエの伝承刊行会、2007年。
pp.128-129
repunkur atuy yaunkur atuy, atuy utur
atuy asam ta atuy rasanpe iwan rasanpe sinep ne yaykarika
otasaw ... sawrasanpe [ota sam ta ota rasanpe?] iwan rasanpe sinep ne yaykarika
na ota rasanpe ne wa atuy rasanpe sinep ne yaykarika menoko ne an ike
atuy corpok ta pirka cise kor wa an ike
沖の人の海と陸の人の海、海のあわいに
海の底で海の魔物、六つの魔物が一つになって、
浜辺で浜の魔物、六つの魔物が一つになって、
それからまた、浜の魔物と海の魔物が一つになって女になったもの、
海の下で綺麗な家をもち、そこに住んでいるものが
【アイヌ語の解釈】
repunkurはrep-un-kur「沖・に住む・人」、yaunkurはya-un-kur「陸・に住む・人」で、レプンクㇽは海の向こう側の島に、ヤウンクㇽはこちら側(北海道)の島に住む人を指すようだ。repunkur atuyは海の向こう側、yaunkur atuyは海のこちら側ということになる。uturは「あいだ、あわい」を意味する位置名詞なので、atuy uturとは向う側の海とこちら側の海の、ちょうどあいだくらいの場所ということになる。人間が住む世界からは、ちょうど一番遠い場所になる。
asamは「~の底」を意味する位置名詞なので、atuy asam taで「海・の底・に」となる。rasanpeはなかなか見慣れない単語だが、『アイヌ語方言辞典』で美幌の菊池クラさんがto rasanpeで「湖の悪魔」だとしたという記録があり、「魔物、悪魔」という意味の道東(の一部?)で用いられる単語なのだろう。atuy rasanpe「海の魔物」とiwan rasanpe「6つの魔物」は同じ存在を指していて、対句的に並んでいる。yaykarikaもなかなか見慣れない単語だが、田村雅史さんが解釈しているように「変身する」でよいのだと思う(様々な地域のアイヌ語でこれはyaykarと言う)。sinep ne yaykarikaで「一つ・に・変身する(合体する)」となる。
(注――ちなみに同じ四宅ヤエさんは別の物語で、an=yupi utari / oman rukoci / an=yaykarika / an=nospa ki wa / paye=an ike(私の兄たちが 行った足跡を まわって 追いかけて 行って)という使い方をしている(『冨水慶一採録四宅ヤエの伝承――韻文編2』四宅ヤエの伝承刊行会、2012年、「第8話 オタスッツの男の自叙――キムンナイの長者を危篤から救ったオタスッの末っ子の物語」p.187)。yay-kari-ka(自分・回る・~に…させる)という語構成を考えると、後者の使われ方の方がこの単語はしっくりきそうだ。)
その後ろでも四宅ヤエさんは言い迷っているが、[ ]で補われている表現が対句としても正しそうで、ota sam ta「浜・辺・で」となり、ota ranpe「浜の魔物」とiwan rasanpe「6つの魔物」が同じ存在を指していて、対句的に並んでいる。naは「まだ」を意味する副詞、ne waは二つのものを結びつける言葉でota rasanpe「(6つが1つに合体した)浜の魔物」とatuy rasanpe「(6つが1つに合体した)海の魔物」を結びつけている。これがもう一度sinep ne yaykarika「一つに合体し」、menoko ne an「女性・になって・いる」、ike「そういうもの」となる。
corpokは位置名詞で「~の下」を意味する。atuy corpok ta「海・の下・に」pirka cise kor「きれいな・家・を持つ」、そしてkor wa anで「持っ・て・いる」となる。上の...menoko ne an ikeと、ここの...pirka cise kor wa an ikeが並べられて、同じものを指している(同格になっている)。
【物語の解釈】
アイヌの物語の世界では、カムイがしばしば人間に横恋慕をして、魂を奪い取ってカムイのくに(カムイ モシㇼ)で結婚しようとする。ここでは、主人公の女性(シヌタㇷ゚カウンマッ)の許婚のイヨチウンクㇽに、魔物の女が横恋慕をする。そして、その魔物の女性は、複数の魔物が姿を変えていることになっているのだが、その過程が合体に合体を継ぐすごいことになっている。海の底で6つの魔物が、浜辺で6つの魔物がそれぞれ合体して、その2つの魔物がさらに合体して1人の女性(魔物)になるということで、合計して12の魔物からなる女性というのは、聴くからにたいへん恐ろしげで強力な存在である。
このようにアイヌの世界においては、「6」という数字を基盤として世界の様々なことが組み立てられており、この物語で「6」が出てくるのは魔物の数だけではない。この魔物の女性が横恋慕した相手の魂を奪い取ろうとするのだが、この魂も6つの「小さな玉」からなることになっている。魔物の女性に魂を取られていく主人公の許婚イヨチウンクㇽは、病になり床に臥せって、息も絶え絶えになる。この魂が5つまで取られてしまい、あと1つという絶体絶命の窮地に陥る――
na sine pon tama uk ciki ray ciki ramaci uyna kuni yaysanniyo(さらにもう一つ小さな玉を取って(イヨチウンクㇽが)死んだら、その魂を取ってやろうと考え)(p.129)
アイヌ語を見ると、6つあるものはpon tama「小さい玉」であり、これが6つ集まってramat「魂」を構成しているらしい。ちなみに、『四宅ヤエの伝承』における日本語の訳では、この両方が「魂」と訳されている。
主人公の女性シヌタㇷ゚カウンマッは、これにどのように対抗しようとするか。実は、この主人公はトゥスとアイヌ語で呼ばれる巫術の力をもっており、床に臥せっている許婚の病の真の原因が魔物の女性であることを見通し、魂を取り返しに行く。巫術で見通すと、目の前がパッと開ける感じがするらしい――
tusu=an kane paye=an ine, ayne inkar=an ike, an=siketoko maknatara(トゥスをしながら進み、しばらくすると、私の目の前がぱっと開けて、次のような様子が見えてきました)(p.128)
このように、この物語についてはトゥスについての興味深い描写もある。
そして、シヌタㇷ゚カウンマッは奪い取られた許婚の小さな玉たちを取り返し、許婚イヨチウンクㇽのもとに行き口から飲ませる。それによってイヨチウンクㇽは活力を取り戻し、主人公の女性は無事に結婚を実現し、幸せな生活を送ることになる。このように、女性同士の巫術対決は、アイヌにとっての病いと<いのち>のあり方を垣間見せてくれるのだ。
参考――
「道東のアイヌ語テープ大量発見――白糠の故四宅さん40年前録音」『北海道新聞』2007年3月26日
(URL: https://blog.goo.ne.jp/ainunews/e/b7677dd3aa012540afd9a948335d9dfa)
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