jueves, 23 de septiembre de 2021

アイヌ語の口承物語研究を進める際の「文献学的課題」(その3)十勝のアイヌ語の録音資料

(2022年1月27日追記、2023年10月1日再追記)

 一つ前のエントリーにも記したように、ひょんなきっかけでここ数年は、十勝のアイヌ語の筆録資料や録音資料を再び世に送り出す取り組みに加わることが増えた。そして、この地域のアイヌ語について、いかに公になったアイヌ語の記録が少ないかを痛感することとなった。この地域のアイヌ語については、澤井春美、切替英雄、高橋靖以各氏の重要な仕事が重ねられてきたが、これはほぼ、沢井(澤井)トメノさんただ一人との協働作業によるもので、またテキストとして公刊されているものについても、元となる音声にアクセスすることができない。(沢井トメノさんについては、逆に、音声が聞けるもので、その音声が文字に聞き起こされて公開されていないものもある。)

 沢井トメノさんよりも前の世代の、この地域のアイヌ語の話し手の人たちからの録音記録が本当は存在しているらしい。このことは、一つ前の「アイヌ語の口承物語研究を進める際の「文献学的課題」(その2)」で言及したNHKの過去の記録事業にも見てとれるのだが、ここでは、この十勝地域で過去になされたことが分かっている、個別の研究者による訪問と録音の取り組みをまとめておきたい。

1)辻秀子氏による録音資料

 帯広畜産大学で教員をしていた辻秀子氏は、十勝のアイヌの人たちの中で調査をしていて、その調査を基にした著作を発表してきた。本人は既に亡くなっているそうだが、この辻秀子氏が調査をしたその記録が本人の没後にどうなっているのかは、明らかにされていない。

 以下の文献に、辻秀子氏の録音調査の概要が記されている――
辻秀子(1984)「十勝アイヌの伝統文化に関する民族学的研究」『帯広畜産大学後援会報告』第12巻、pp.48-52。
(帯広畜産大学学術情報レポジトリPermalink:http://id.nii.ac.jp/1588/00003651/)
ここで辻氏は以下のように記している――

十勝アイヌに伝わる詞曲, 昔話, 歌謡, 祈詞などの口誦伝承をテープに収録し, それを基に,伝承構造, 言語, 世界観の分析を行なって, 他地域との共通性と変異を体系的に整理する。伝承者として, 十勝に在住する古老(田辺トヨ, 山川シマ, 沢井トメノ, 山川弘)の4名にお顕いした。

(同、p.48)

そのより詳しい内実については、さらに以下のような説明がある――

十勝アイヌに伝わる口誦伝承のうち,43編をテープに収録した。十勝の言語は日高,胆振などとかなり相異があり,アイヌ語辞典に掲載されていないことが多く,ー語ー語.を古老に問いながらの翻訳となった。サコロベ(英雄詞曲) 2編,オイナ(神謡) 1編,ツイタク(昔話)10編,ウポポ(歌謡),ャイサマ(抒情民謡).イフムケ(子守歌)などの歌30曲を収録した(以下略)

(同、p.50)

これはかなりまとまった量の録音記録であり、また、実際に辻氏がこれらの伝承者を含めた当時のアイヌ語の知識があった人たちにアイヌ語の言葉の意味を確認しているとすれば、その確認の記録自体も貴重な情報である可能性が高い。そして、上の記述を読むかぎりで、辻氏も自らの録音記録がたいへん貴重なものであることを十分に認識していたようである。これらの記録は一体どこにいってしまったのであろうか。

 さて、上の証言とは別に、以下の文献からは、辻秀子氏による十勝地方のアイヌ語の物語や歌の録音の記録が、北海道教育委員会の「アイヌ民俗文化財緊急調査」の一環として取り組まれていることが分かる――
北海道教育委員会編(1981)『アイヌ民俗文化財緊急調査報告書(無形民俗文化財6)』北海道教育委員会。(該当箇所はpp.75-92)
これが、上に示した辻氏自身が述べている録音資料と同じものなのかどうかが、まず一つのポイントになる。二つの文献を読み比べて検討してみると、資料の内訳や規模はおおむね符合しているように見えるのだが、伝承者の一部の氏名が符合していない。結果として、はっきりしたことが分からないようだ。

 さて、この「アイヌ民俗文化財緊急調査」において録音された記録の多くは、その複製が北海道立図書館に「北方資料」として所蔵されているが、不思議なことにこの辻秀子氏の録音資料はその中に見当たらない。このあたりの北海道教育委員会と北海道立図書館の資料管理と整理の状況については、どうも記録が見つからず、どのような経緯と現状であるのかが把握しきれない。

 さらには、北海道立図書館の北方資料で「アイヌ民俗文化財伝承記録テープ [録音資料] [204]」から「同[229]」にかけての記録は、主人公がオタストゥンクㇽやオタストゥンマッ(オタスッ人やオタスッの女)であるものが多い。そうすると、十勝地方のものであるか少なくとも広く道東のアイヌ語の記録ではないかと思われる、私は最初これが対応する辻秀子氏の記録なのかと思ってみたのだが、物語の内容が上の道教委の報告書と合致せず、また道立図書館の所蔵記録では記録者も語り手も明らかにされていない。これはこれで一体どのような記録なのであろうか。 あらためて、これらの記録は十勝のアイヌ語や広く道東のアイヌ語にとって非常に重要なものであろうと思うのだが、その存在・所在や詳細が確認できない残念な状況にあると言えそうだ。これらの記録の存在と整備のされ方いかんで、後の若い世代のアイヌの若者たちの言語と文化の継承活動を取り巻く状況は、大きく変わってくるはずだ。 

(追記:その後、この辻秀子氏による録音資料については、複数の経路から寄贈がなされているらしいことが確認できており、失われるという事態は回避されたようです。)

2)斎藤米太郎・明両氏による録音資料  

 齋藤米太郎は、沼田武男と並んで、吉田巌が自らの弟子であり後継者であると認めた人であり、吉田巌自身がそのことを書き記している。この点についての吉田巌による記述としては、とりあえず私は手元にある――
吉田巌(1959)『愛郷往來――東北海道アイヌ古事風土記資料』帯広市社会教育叢書No.5、帯広市教育委員会。
を参照しているが、他にももっと記録があるだろうと思う。

 この斎藤米太郎氏は、息子の明氏とともに、道東のアイヌの古老たちを訪問して、オープンリールのテープに録音をする取り組みを続けてきた。この録音資料は、以下にその目録が作成され、公開されている。
アイヌ文化研究会(2009)「『東北海道のアイヌ古謡録音テープ』の内容調査研究」『アイヌ関連総合研究等助成事業研究報告』第8号下巻資料編、pp.273-377。
この目録には話者の情報などが――プライバシー配慮の意図で――記載されていないが、テープと併せて丁寧な記録のノート2冊が残されていることが述べられている。

 この録音資料は、平成18年度(2006年度)に斉藤明氏から帯広市図書館に寄贈されたとの記録があり(帯広市図書館『図書館要覧2007』p.21を参照)、この音声記録はデジタル化され、帯広市図書館の館内で視聴できるようになっているようだ(アイヌ文化研究会2009、p.277)。この館内利用の音声の部分的な書き起こしを用いてなされた研究に、高橋(2016)がある(詳細な書誌情報については、一つ前の「その2」のエントリーを参照)。

 この録音資料には、様々な歌が記録されているとともに、数は少ないが神謡(オイナ)、散文説話(トゥイタㇰ)、英雄叙事詩(サコㇿペ)が記録されている。これらの長い物語については、上の目録(アイヌ文化研究会2009)には、その聞き起こしが冒頭一部分しか掲載されていない。
(ちなみに、十勝地方のアイヌ語の口承の物語には、英雄叙事詩にサコㇿペとユカㇻの二種類があったとする記録が幾つかある――『[昭和61年度]アイヌ民俗文化財調査報告書――アイヌ民俗調査  Ⅵ  (十勝・網走地方)』pp.68-69を参照。)
まず資料として帯広市図書館に所蔵され、利用可能な形となったこと自体が大きな前進である。しかしそこから、聞き取りと訳注の作業を経て、音声と比較可能な形で全体をアーカイブ公開するという課題が取り組まれなければならない、と言えるだろうか。

 研究者――ここでは狭い意味で大学に所属する研究者ではなく、広く調査・研究に関心をもつ人を指して使うことにしよう――が、自らの生涯で取り組んで集めた記録は、その研究者自身が自らの生涯のうちに全体を整理し、公開できる量のものでは到底ないことに、後から続く世代の私たちは次第に気づきつつある。アイヌ語についてかつてのようなフィールド調査ができなくなってしまった現代において、これらの記録をもう一度人々が使える状態にもっていくこと、そしてその前段階としてその資料の詳細情報の整理・対応づけを行うことは、これからのアイヌ語にとっての「基礎研究」として、大きな重要性をもつ。そこでは、記録と収蔵に関わってきた各組織・機関が、アイヌ語の知識をもつ人間を登用し、これらの課題に取り組んでいくことが必要になるだろう。

※このシリーズは「その5」まであり、もちろん本来はもっとたくさんの課題があるはずなのですが、今の私自身の研究のなかで重要で意識していることをまとめるという目的の下で、私が意識している部分を書きとめておきます。この問題はややこしく、意外と状況を把握すること自体に時間がかかるので、書き記しておくことには何らかの意味があるだろうと思っています。

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