研究論文を書いている際に、私はしばしば、ある特定の人に向かって書いている。それは、論文の中の一つの断片であることもあるが、論文全体であることもある。脚本家の人でも特定の役者さんを想定した「宛て書き」をすることがあるというが、それと少し似ているだろうか。その人に読ませたい。元々その人がそういう風に考えていないような立論であったとしても、それは面白いね、と思ってもらいたい。
それは、学問的にある一点を突破しようとする際に、併せて読者としてその時の特定の対話相手を想定して書いている、ということなのだろう。
でもそれには短所がある。私は、より広い読者を想定していないことがある。そこに元々関心がない人も取り込んで、引き寄せて議論を展開しているか、と問われれば、そういうことを多分私は考えていない。
論文にはある種の文体があるので、それに乗っかっている限りはすぐに表面化してくる問題ではないのだが、そういうことに寄りかからないで書こうと思うと、同時に複数の人を想定して、多様な人たちに宛てることが必要になる。これは、それなりに難しい課題だ。でもそれが課題だと気づくに至ったということは、それ自体が一歩前進でもあるだろうね。
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